東京、門前仲町。駅前繁華街の一画にありながら、一本裏道に入った落ち着いた通りに2023年の12月、大衆酒場 「ろくばん(六絆)」がオープンしました。
オーナーで料理人の上杉大介さんはこの街で目下3店舗を経営しています。28歳で独立してオープンした鳥と焼酎の店「杉六」と、2021年のコロナ禍でオープンした下町酒場の「六傳」。どの店舗にも「六」の文字が入っています。そこには、上杉さんがこの門前仲町という街で飲食業を展開し続けていること、その物語の積み重ねがあります。
今回自身初の試みとなる“大衆居酒屋”という形態でオープンした「ろくばん」。お店を訪ね、これまでの、そしてこれからのお話を伺ってきました。
(2024年4月24日 取材)
— 今回の「大衆酒場 ろくばん」はどんなお店でしょうか?
この店とは別で、ここからちょっと行ったところで「六傳(ロクデン)」っていう居酒屋をやってまして。
「六傳」の方はちょっとこだわった居酒屋なんですけど、今回の「ろくばん(六絆)」はもうちょっとカジュアルで入りやすい居酒屋、大衆酒場っていうジャンルにしようかなと。
自分が今までやってきたお店のなかでは今回がいちばんリーズナブルな価格帯なんです。なので、そのなかでもひと手間ふた手間をどうかけるのかっていところにけっこうこだわってまして。
— ひと手間ふた手間かけることで、店の個性を出す?
やっぱり同じ価格帯の大衆酒場はこの門前仲町にいっぱいあるわけで、完全に既製品を使っているお店も山ほどあるなかで、うちは「六傳」も今回の「ろくばん」もそうですけど、基本ぜんぶ手作り。
そこはしっかりこだわっているところで。価格帯の割には器や内装もそうですけど、しっかりしたものにして、よりお得感を出していければなって思ってやってますね。
— ちなみに上杉さんはどういう流れで飲食業界に入って、これまでのキャリアを進んでこられたんですか?
高校を卒業して料理の専門学校へ行って、最初に就職した時から「30歳までには独立したい」と思ってたんです。
なので30歳の独立から逆算して、今の自分に何が足りないのかっていうのをずっとやってきた感じです。
— その逆算っていうのは、上杉さんの場合、具体的にはどういう流れでしたか?
自分の場合は、料理が最初ですね。料理の基礎を勉強して、経験する。
そのあと、料理だけできても独立して自分のお店を出すとなると、自分でお店をプロデュースしないといけないので、経営を勉強しなくちゃいけないなと思って。
それでホールで店長を経験したり。そこで経営を勉強しながら、じゃあ「自分が今やるならどういうお店をやるか?」っていうのを、何年も考えて練ってたんです。
こういう立地だったらこういう業態の店の方がいいだろうなとか。そういう業態のレパートリーを自分の中で増やしていって。で、いざ独立しようっていうので、物件を見て初めて何の業態で独立するかを決めたんですよ。
— ああ、面白いですね。そういうやり方なんですね。
そうなんですよ。独立して最初に開いたのが鳥と焼酎の「杉六」という店なんですけど、鳥と焼酎の店にしようって決めたのは、物件を見てからなんです。
だから、最初から鳥と焼酎の店をやろうとか、今回みたいに大衆居酒屋をやろうとかじゃなくて、「この物件だったらバーがいいな」とか。そういう可能性もあったんです。
料理は経験してたんで、料理の比重はある程度膨らましたいなっていうのは考えてましたけど。
— 「杉六」を立ち上げて独立してからは、どういう流れできましたか?
おかげさまで「杉六」が順調だったので、だんだん新しいこともやりたいなって思うようになって、次に日本酒の専門店を出したんです。
そこから今度は和酒っていうくくりで、日本酒や焼酎のほかにワインとかウィスキーも含めて、国産のお酒にこだわったお店を開いたんです。バーとまではいきませんけど、ちょっとドリンクの比重が多いお店ですね。
そのあとにまた日本酒のお店を増やして。なので多い時は4店舗あったんですけど、ビルの建て替えもあったり、コロナになってからは宴会の需要もないので、それで最初の「杉六」だけ残して、他はクローズして縮小していって。
— それで新しく作ったのが「六傳」なんですね。
今度は小さいお店の方がいいなと思って。それまでは2フロアのお店をやったり、40〜50席のお店をやったり、ちょっと大きめだったんですけど、「もっとこじんまりとした、長く続けられるお店もいいな」と。お客さんと距離感も近いので面白いですし。それで「六傳」を始めたんですね。
なので今は、「杉六」と「六傳」と、今回の「ろくばん」の3店舗をやってます。
— ちなみに上杉さんは何年生まれですか?
1979年です。
— 何歳のときに独立して鳥と焼酎の「杉六」をオープンさせたんですか?
28歳のときです。
— 早いですね。
そのころは若いから何もわからなかったですけど、勢いで。
— 4店舗まで増やした時は、上杉さん自身はもう経営サイドでしたか?
僕はずっと現場に入ってたので。
だからそれが難しいところですよね。それぐらいがいちばん中途半端だって言われるんですよ。
— 4店舗あたりの経営規模が?
4店舗、5店舗くらいで、みんなだいたい難しくなって縮小していくか、完全にマニュアル化してドンと広げていくかっていう分岐点で。自分が現場でプレーヤーで店に出たいってなると、なかなかそれ以上の管理は難しくなっちゃうので。
今思えばそうですけど、そのころは「いける」と思ってやってましたけど(笑)。
— それは上杉さんが気質的に、マニュアル化して大きくして回していくタイプではなく、やっぱり現場っていう?
そうですね。
まあでも、今回はやっぱり自分もいい年齢になってきて、こんな感じでずっとプレーヤーを続けるのもしんどいので、新しいチャレンジでやってみたらどうかなっていう思いはありますね。
— ちなみにいろんな大衆居酒屋がある中で、「ろくばん」のストロングポイントっていうと、どこにありますか?
同じ価格帯の大衆酒場と比べると、圧倒的に料理のポテンシャルは高いと思います。それをわかってくれる人は、リピートしてくれますし。
— 同じ価格帯なのに料理のクオリティを高くできてるのは、なんでなんですか?
それはアイデアとか、食材の組み合わせとか、ですね。
— しかし同じ価格帯の店と比べて、当然手間はかかりますよね。
かかってます。でも、できるだけ価格を上げないようにしてやってますね。
今「ネオ大衆酒場」とか流行ってるじゃないですか。でも、ネオ大衆みたいに全部が全部今どきっていうのではなくて、昔ながらのメニューもしっかり残して。
一方でちょっと今っぽい、面白い組み合わせ、見せ方だったり。器もそうですし、そういうのをミックスしてやっている感じですね。
あとは割材。クラシックな瓶のスタイルとか。そういうのもうちのウリとしてあります。
— 「杉六(スギロク)」「六傳(ロクデン) 」「ろくばん(六絆)」で、「六」というこの店名にはどんな理由があるんですか?
うちは「六」縛りでずっとやってきてて、門前仲町で「六」ってつくと、知らないで来た人も「あれ? 六ってつくってことは、もしかして六傳の系列?」とか。
— なるほど。ドミナント戦略ですね? 最初の「杉六」からその構想だったんですか?
そうです。基本、門前仲町エリアで店をやっているので。今回もそんな感じで。
— 今回の「ろくばん」、去年の12月16日にオープンして4ヶ月ちょっと経ちましたが、今のところどんな感じでしょうか?
販促は僕はやりたくないタイプなので、口コミ。来た人にリピートしてもらう。それで確実に広げていきたいっていうタイプなので、今回も宣伝は特に何もしてないんです。
なので、ある程度時間はかかるかなという気はしてたんですけど、今のところは順調に少しずつ良くなってきてるんで、手応えはあります。
— いずれこうしていきたいっていう夢や野望はありますか?
いやあ、僕はそういうのはあんまりないので。
まず一店舗一店舗、繁盛したお店になるように、お客さんに来てもらえるようなお店にしてからっていう感じなんで。
実は今回の店も、自分からやろうっていう感じで始まったわけではなくて。
— というと?
それよりも「六傳」の方を予約の取れないくらいのお店にしたいなと思っていたんです。
でも「六傳」によく来てくれる常連さんが不動産屋さんで、あるとき「新しいお店とか、興味ない?」って聞かれて。
「なくはないですけど…。今はぜんぜん考えてないんです」みたいな。
そしたら「まだ表に情報が出てない物件があるんだけど、優先的に案内するよ」って言ってくれて。
そんなご好意はなかなかないですから、やらないにしても、一回見に行こうかなと思って。それでこの物件を見に来たんですよ。
そしたら、駅から近いんですけど一本裏で、普段は人通りがない。
「六傳」もそうなんですけど、うちは逆に通りに人気がないほうが、店を目当てで来てくれる人が掴めるから、「ああ、これはいいんじゃないかな」ってなって。
— ちなみに「六傳」に続いて今回も山翠舎に内装施工を頼まれましたが、どういった理由があったのでしょうか?
「六傳」のときにすごいよくしていただいたというか。
自分もそれまで何度か別の施工会社さんとお店づくりをやってたんですけど、プランを練ってる段階と完成して引き渡しになったときの感じに、いつもギャップがあったんですよ。
「あれ? ちょっと予想してたのと雰囲気が違うな…」っていう感じで。
山翠舎さんの場合は完成して引き渡しになったとき、初めて自分が予想していたのより遥かに出来上がりが良かったんです。そういう感覚は初めてで。
すごい親身になってくれて、一緒にお店を良くしてくれたことに感謝しかなくて。
次やる時も山翠舎さん以外は考えてなかったので、今回もそれで。
— 今回の内装で上杉さんが特に気に入ってるところはどこですか?
長野の工場まで見にいって古木を選ばせてもらったので、やっぱり古木を使ったところですね。
前回の「六傳」はとにかく「古木をいっぱい使いたい」っていうリクエストをしたんですよ。
でも、今回はあんまり作り込みすぎない。
というのも、お客さんが外から見て「ちょっと高そうだな」とかハードルがあがっちゃうのは嫌だったので。
できるだけシンプルにしたい、でも要所でしっかり古木を使いたい、みたいな。
なので、入り口の外の暖簾がかかっている古木と、店内のこの曲がった柱はすごい気に入ってますね。
— 今日はありがとうございました。