東京、芝。都心の真ん中にある小さな商店街の一角に、2020年10月28日、「CURRY SHOP プチシャニ」がオープンしました。
コンセプトは「南インドのおばあちゃんが作るカレー」。ホテルやレストランで出るカレーではなく、市井に暮らす人たちが作る大衆料理としてのカレー。
オーナーシェフは、ハンバーガーショップで12年のキャリアを重ねてきた羽田野晃一さん。なぜハンバーガーではなくカレーのお店を開いたのでしょうか? なぜレストラン料理ではなく大衆料理としてのカレーを選んだのでしょうか? そこに羽田野さんの個性が浮き上がっています。
オープン間もない2020年の11月に、お話を伺ってきました。
(2020年11月4日 取材)
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— お待ちしている間、メニューボードに書かれてる説明を読んでたんですけど、「南インド、チェンナイの路地裏でカレーを作っているおばあちゃんのイメージ」なんですね。それをここ日本でやろうと?
そのときに行った、街の名前は忘れたんですけど、カラフルな街で、建物が緑だったりピンクだったり青だったり、綺麗に塗られていたんですね。その綺麗に塗られたエリアを通過すると、今度は少し寂れた、色褪せた雰囲気になって。そこを散歩してたんです。
そこの町並みを再現したくて、かつ、古民家というか、日本の雰囲気も取り入れたくて山翠舎さんにお願いしたんですが、僕の理想にかなり近い感じにやってもらえましたね。
僕はカレーにハマって、いろいろ日本で食べ歩きをしてたんですけど、その中でも好きになって通ってたカレー屋さんがあって、そこが南インドのカレーをベースにしてたんですね。「じゃあ本場南インドのカレーはどんなんだろう?」と思って、それで現地へ行ってみたんですよ。
— 実際その街で、このお店のイメージになってるそのおばあちゃんに出会ったんですか?
そうです。
その街の路地裏でおばあちゃんがカレーを作ってて。作っている様子とかも見させてもらったりして。
で、街の大衆食堂に行くと、そんなおばあちゃんが作ってるようなカレーが出てくる。それがすごい美味しかったんですよね。
レストランとかホテルとか、凝った南インド料理っていうのもあるんですけど、僕の好みはその辺の一般的な食堂のご飯だったんです。それを、日本人のお口にも合うように試行錯誤しながら。
最初は趣味程度に作ってたんですけど、自分でちょっとお店やりたいなと思い立って。
今年40歳になるんですけど、それを節目にやってみようかなと思って今のオープンに至ってますね。
— もともと羽田野さんは何をやられてた方なんですか?
もともと僕はハンバーガー屋さんですね。
ハンバーガーを12年ぐらいやってました。
— それは会社に入って?
そうです。オーナーシェフがいて、その会社の社員というかたちですね。
— 面白いなと思ったのは、朝定食として豆を炊いたカレーを出されてるんですね?
これは南インドの現地の朝ごはんが、まさにこういう“朝カレー”なんですか?
日本でいうと、ごはんに味噌汁、納豆っていうような、そういう現地のオーソドックスな朝ごはん、それはまた別にあるんですよね。例えばクレープみたいなパンとか。
そういうのはあるんですけど、僕はそこをちょっと日本風にしたくて。
豆カレーっていうのは南インドでは家庭によって味が違う、まさに日本のお味噌汁みたいなものなんですけど、その豆カレーにご飯、副菜をつけて朝定食を出してます。
つまりインドテイストなんだけど、日本人受けの朝ごはん。そういうカタチのものをやりたくて今チャレンジしてますね。
— 朝にカレーを食べる食文化が日本にはないから、新しい可能性がある気がして、ちょっと興味深いです。
そうなんですよね。「朝からカレーはちょっと重たいよ」とか、たぶんそういうイメージがあると思うんですけど、なんとか地元の方に知っていただいて、気に入ってくれる方がちょっとずつ来ていただければなという感じで。
— 羽田野さんは、もともと独立するつもりではあったんですか?
いつか自分でお店をやりたいなとは、漠然とながらずっと思ってましたね。
ただ、それが何屋さんなのかっていうのを決めかねていたんですけど、4年ぐらい前に「カレー屋にしよう」って思い立ったんですよね。
— それはなんでですか?
仕事の内容でいうと、ハンバーガー屋さんの場合、土日とかだと一日400個とか焼くんです。調理の仕方が、何ていうか、スピード感があって。
そこにもちろんやりがいはあるんですけど、それよりも僕の性格としては、カレー屋の食堂のおじちゃんみたいな方が合ってるだろうなと。
スピード感のあるハンバーガーの仕事をこなしていくうちに、カレー屋の方が僕には向いてるなっていう感じがして。
— カレーは流れる時間がゆったりしてるわけですね。
そうですね。
ハンバーガー屋さんは忙しくて活気がある。それはそれで素晴らしいんですけど、僕の性格とやりたいテイストとはちょっと違うかなと。
お客さんにもゆっくり召し上がっていただけるような店にしたくて。そういう現場の空気感は伝わりますからね。
— オープンの場所にこの芝商店街を選んだのは、なにか理由があったんですか?
僕の出店希望場所が、オフィスと住宅地が混在している街だったんですね。
サラリーマンの方をメインにしちゃうと、どうしてもスピード感が出ちゃう。なるべく早く提供してリーズナブルにっていうのがメインになる。そういう方たちも売り上げとして取りたいなって思いながら、一方で、そこに住まれている地域の方に愛されるような、ゆっくり時間を過ごせるようなお店、それが理想にあったので。
それで、根津とか横浜の元町とか。オフィスと住宅地が混在しているエリアをいろいろ見たんですけど、たまたまここに巡り合って。
オフィスビルの中にポツンと商店街が現れる。それがすごい気に入って。おばあちゃんがやってる魚屋さんとか、純喫茶もあるんです。ほのぼのしててすごくいいなあと思って。
あと、コンセプトの「路地裏のカレー」っていうのとも合致するなあと思って。
— ちなみに先ほど、南インドのカラフルな街のイメージにプラスして日本の古民家のテイストを入れたという話でしたが、南インドはこの店のテイストとはまた少し違うわけですか?
僕が行った海沿いの南インドは、トタンとかコンクリートとか石とかで建物ができてるんですよね。昔の戦後復興中の日本みたいで、それがカラフルに彩られるっていう感じなんです。
それをそのまま再現しちゃうと、本場の南インドカレーを出す店だとお客さんは思うだろうなと。
本場の南インドカレーって、バナナの葉っぱの上にカレーを盛り付けて、ごはんもどっさりっていう感じなんです。でも僕がやりたいのは本場志向に寄りすぎない、日本人が食べてどこか懐かしさを感じるような、「ああ、優しい味だね」っていうのをやりたかったんです。
だからそれを表すために、古木の優しさを取り入れたいなって思いまして。「内装の半分は木にして、残りの半分をカラフルなインドっぽいテイストにしたい」、そう山翠舎さんにお願いしたんです。
— これからどんなお店に育てていきたいですか?
まずは地域の方に朝カレーを認識していただいて、少しでものんびりできる場所にしたいなと思っていますね。
「朝からカレーなの? ちょっと食べれないよ」ってなるところを、実際食べていただくことで、「あっ、これだったらぜんぜんいけるね、朝から食べたいね」って。そういう方が少しでも増えてくれれば。
— 今日はありがとうございました。
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取材後、羽田野さんから朝定食で出している豆カレーをお持ち帰りでいただきました。
家に帰って家族3人で食べました。
「これだったらぜんぜんいけるね、朝から食べたいね」と言う理由がよくわかりました。
さっぱりした味わいながら薄さがなく、複雑な深みがあって本当に美味しかったです。ご飯にのせてもいけるし、そのまま雑炊みたいに食べても美味しい。10歳の息子にはよくわからなかったみたいですが(笑)。僕とカミさん2人は、しみじみと感動しました。
みなさんもぜひ機会がありましたら、芝商店街のプチシャニで朝カレーを食べてみてください。朝カレーという切り口がまた、可能性を感じるなあ。