******************************** 埼玉県上尾市の原市。駅ほど近くの住宅街に、comaはあります。 自宅一階を改装してできた、定員1人のゆったりとしたサロン。 美容師でオーナーの平松智美さんが「自分のやりたい美容室」を具現化したものです。 そこには平松さんの、美容師としての紆余曲折の半生と、その独自性が浮かび上がっています。 プレオープンの翌日にお店を訪ね、お話を伺ってきました。 (2021年3月26日 取材) ******************************** — comaっていうお店の名前には、何か意味があったりするんですか? はい。「美容室って何?」って考えたとき、短いと1時間、長いとフルコースで5〜6時間とか滞在する方もいらっしゃいます。 しかもみなさん、定期的に通われる場所。人生のどれほどの時間を人は美容室で過ごすのだろうって思って。 美容室で過ごす時間を人生の一コマって捉えたとき、私はそのコマを大事にしたいなと思って。それでcoma(コマ)ってつけたんです。 私自身、出産を機に、「どうやったら、赤ちゃんを連れたお客さんでもゆったりできるような美容室にできるのかな」って考えてたんです。 出産や育児は人生の大切な一コマですけど、それってものすごくバタバタする時期でもありますよね。 そういうバタバタする時期でも、ここではゆっくり過ごしてもらいたい、そういうみなさんの人生の一コマを大事にしたいなっていう。 あと、自分自身を回る独楽だと捉えてのコマ(coma)。独楽は軸がしっかりしてないとちゃんと回らない。 自分自身がブレない軸をもっていたいなと思って。 — 広々とした空間にお客さんは1人限定というスタイルは、とても贅沢ですよね。 実は私、美容室で働いてきていながら、個人的には美容室って苦手なんですね。 周りでいろんな会話が飛び交い、いろんな動きでバタバタしてる空間だから、どうしても時間が気になっちゃう。 しかもそれが狭い空間ってなっちゃうと、窮屈に感じてしまう。 そういうのが私は苦手で、自分のお店は「宙を見ながらぼんやりできる」くらいのゆったりとした空間がいいなっていうのがあって。 あと、お子さんとの距離も大事にしたくて。お母さんはセットしている間も子どもの動きが気になって、 キッズスペースにいる子どもの様子を見ようとする。そうやって子どもの様子を見ながらでも、ゆっくり過ごせる空間。 なので、見守りモニターもつけますし、キッズルームには窓をつけてるんです。 その窓からセットしてるお母さんと子どもの目が合うようになってる。 お子さんはお子さんでその時間を楽しみ、お母さんはお母さんで目配りしながらも自分の時間を楽しめる。 そのために(セットルームとキッズスペースの間に)待合室を挟んで、ある程度ゆったりしたスペースをとってます。 — 美容師になって、こうして独立するまで、平松さんはどんな道のりを歩かれてきたんですか? 最初は、20歳のときに見習いでサロンに入社しました。 18歳からフリーターだったんですけど、アルバイトがぜんぜん続けられなくて。 このままだといけないなと思いながらも、じゃあ「何だったら自分は続けられるんだろう」と考えるようになって。 もともと会社勤めが苦手で。自分にしかできない仕事で、自分が必要とされ、 ある程度の自由が認められる仕事ってなんだろうって考えたんです。 そしたら、たまたま、そのときにお付き合いしていた方のご両親が床屋さんだった。 床屋さんは私には難しいけど、美容師だったらどうだろうと思って、 そのご両親にも相談させてもらったら、「美容師、いいんじゃない」って言われて、 — それで20歳のときに美容師の世界に入ったと。 そうです。 でも、そのサロンでも落ち着かなかったんです。 初めて入ったサロンは、「最短一年でスタイリストになれるよ」っていう話だったんです。 でも、2年働いてみたものの自分に何も技術が身についてなくて。 5店舗ぐらい展開しているサロンだったんですけど、「今日はこのお店へ行って」「今日はこっちのお店へ行って」って、異動が多くて。 いろいろあって、自分でも自信がなくなっちゃったんですね。 それで、そのお店は2年で辞めて、そのあと個人店に転職したんです。 そこのオーナーさんは教科書通りの髪型を作る方だったんです。今の時代、教科書通りの髪型にするってなかなかなくて。 正直、最初、私はダサいと思ってたんです。 でも、ちゃんと基礎に倣ったベーシックなスタイルをお客さんに似合わせてつくる、それがこんなにも綺麗なものなんだって、 — 気づかされてきたんですね。 はい。気づいて。 そのお店では1年後にスタイリストデビューもさせていただいて、5年間やらせていただきました。 ただ、オーナーさんがとても人気のある先生で、自分が担当させてもらえる数がどうしても限られしまって。 このままここで続けるとそれ以上の経験が積めない。そう思って、5年で転職させていただきました。 — 次の美容室はどんな理由で選ばれたんですか? 次の美容室は、「もう1店舗増やして、そのお店をあなたに任せたい」って言われたので、それで入ったんです。 でも、入ったら話がぜんぜん違ったんです。 「こんなので、何やってきたの?」って、お客さんの前でスタイリストとしての自分をけなされて。 それでちょっと私、人間不信になってしまって。 そこは1年だけ働いて、美容師の仕事はしばらくお休みしたんです。 お休みしている間は美容師とは全然違う、接客のアルバイトとかをしながら。 でも美容師は辞めたくなくて。そうはいっても、このまま無理して続けたら美容業自体を私は嫌いになっちゃうって思って。 もう一回、どういう働き方をするのが自分に合っているのか考えようと思って。「美容室ってこういうもの」っていう頭がある。 休みもない、朝も早く夜も遅い。そういう考え方自体をリセットしようと思ったんです。 そうやって1年ほど休んで、30歳のときに、フリーランスっていう働き方を見つけたんです。 — フリーの美容師っていうことですか? そうです。 実際は普通にサロン勤務をする感じなんですけど、フリーの美容師として会社に所属して働くというかたちです。 なので、お休みも自分で選べるし、シフトも自分で自由に組める。 そのときに、サロンの営業時間内で「自分が全力で働けるのは一日何時間なんだろう?」っていうのを試させてもらったり。 ほかにも、自分がお休みの日だったとしても、お客さんに「お願い」って言われればその方だけ担当して帰ることもできる。 そういう自由さっていうのが分かって、だんだん美容師の仕事が楽しくなってきて。 そこから指名とか客単価とか、初めてそういうことも意識するようになったんです。 — 経営感覚もちゃんと見始めたんですね。 それまでは、ノルマとか数字を突きつけられることが、私はすごく苦手だったんです。 でも年を重ねたことで、「自分がやってることが数字に出ないとしたら、それは何かあるんじゃないか」と考えるようになって。 そう考えるようになった矢先に、フリーの業務委託ながら店長を任されることになり、今度はスタッフ全員の数字を見るような立場になった。 「あの人はこういうところがすごいから、こういうふうに数字に出るんだ」とか。スタッフの違った面が見えるようになった。 それでまた楽しくなったんです。「あの人のいいところを取り込んでいこう」とか。 で、そうやっていったら、すごい数字が伸びていって。 — 面白いですね。 そうなってくると、「自分だったらもっとお店をこういうふうにするんだけどな」っていう思いも強くなってくる。 それで、35歳ぐらいから、自分のお店を持つことを考え始めるようになったんです。 で、そのころ結婚して、妊娠するんですけど、流産しちゃったんですよね。 「ああ…バタバタ働くのもちょっと違うな」って思うようになって。 ほかにも、そのお店のお客様の層が、それまでは30代半ばがメインだったんですけど、ちょっと若い層が増えてきたっていうのがあって。 そうなるとトレンドを追うお客様が必然的に多くなるんですけど、 そういう層は自分にはちょっと向いてないなって思うようになってきたんです。 — つまり自分が求めてるものと、お店が向かおうとしている方向に、ズレが生じてきたっていうことですね? そうです。 それで、結婚して家を建てようってなったとき、主人にお願いしたんです。 「いつになるかはわからないけど、とりあえず一階は将来、店舗にするつもりで考えて欲しい」って。 で、家を建てようと契約する段階で、また妊娠がわかったんです。 それが今の子なんです。その子が、またちょうど引き渡しのときに産まれたんです。 自分で産んでみると、やっぱり子どもってかわいいんですよね。 それで、子どもの成長もちゃんと見たいし、同時に自分のやりたいこともやろうって考えるようになっていって、 育児休暇をいただいている間に独立した方の記事とかをいろいろ読んだりしているうちに、 「自分もお店を持とう」っていう気持ちがどんどん強くなっていったんです。 そのなかで目に付いたのが、山翠舎さんの施工事例だったんです。 「古木っていいなあ」と思って、無料相談に行かせていただいて。で、相談したら、 「これはちょっといけるかもしれない」っていう流れになって。 そこから一気に進んでいった感じですね。 — そして実際、お店がこうしてできたわけですね。 内装ではどんなところにこだわりましたか? キッズルームからの目線ですね。うちの子がちょうど1歳になったばかりなんですけど、キッズルームで遊んでるお子さんが立つと、 セット面に座ったお母さんと、ちょうど目線が合うようになってます。 あとは古木の梁とかですね。丁寧に使えば味が出てくるし、そういう懐かしい感じがするようなものを取り入れたくて。 それでベンチも作っていただいたんですけど、あれも一点しかない、うちにしかないもので気に入ってます。 — これからどんなお店に成長させていただきたいですか? 自分でどうなっていくんだろっていうワクワク感はあります。 今までは、店長としてお店を任されているとはいえ、会社に属していた。 なので「こういうことをやりたいな」と思ってもすぐに行動できない部分が多かったんです。 でも今は、自分が直感でいいなと思ったのはすぐ取り入れられる。 お客さんとかママさんとかで、ちょっと何かやりたいっていう方がいたら、コラボしてワークショップなんかできる、 そんなお店にしていけたらいいなって思いますし。 それこそ、これからどんな方と繋がりができて、自分の世界がどんなふうに広がっていくのか、自分の中ではすごい楽しみですね。 — 今日はありがとうございました。