九段南の閑静なオフィス街。靖国神社を目の前に、和食居酒屋「九段ヒトシズク」があります。

映像制作会社「ワンプロッド株式会社」の澤田潤一さんと菊池美奈子さんが、料理人の稲澤良太さんと、3人で立ち上げたお店です。
オープンは2023年の3月21日。経営はワンプロッド株式会社という形になりますが、運営は3人共同による運営。

店舗入口を飾る古木の三本柱に、その思いがシンボライズされています。
映像制作者と料理人。異業種の3人がなぜ繋がり、1つのお店を共同運営するに至ったのか。

オープンから間もなく1ヶ月という4月16日、お店を訪ね、お話を伺ってきました。
(2023年4月16日 取材)


※ 左から菊池美奈子さん、料理人の稲澤良太さん、そしてオーナーの澤田潤一さん。

— 九段ヒトシズクはどんなお店ですか?

稲澤良太さん(以下、稲澤)
ジャンルは和食の居酒屋です。オフィス街に構えているということで、ランチとディナー、シンプルに2つにわけてやってます。
ランチは2種類だけ。僕の故郷が福井県ということで、一つは福井のソウルフードであるソースカツ丼です。

みんなにお腹いっぱいに食べてもらいたい、がっつり目のメニューですね。

もう一つは野菜がたくさん入った温かいメニュー。この2種類を提供しています。

— どんな料理を出すかは、稲澤さんが組まれているんですか?

稲澤
僕もメニュー提案をしてますが、あくまで澤田、菊池と3人で始めたお店なので、みんなで提案を出し合い、ディスカッションし試食して、決めてます。

 

— 稲澤さんはずっと飲食業界で働いてこられたんですか?

稲澤
今32歳になるんですけど、高校を卒業してから飲食畑で、途中でちょっと間はありましたけど、かれこれ10年以上はやってきました。

— どんなジャンルの料理をやられてきたんですか?

稲澤
さっき僕の地元が福井って言いましたけど、僕がこれまで働いてきたお店のほとんどが東京都内にある福井ゆかりのお店なんです。オーナーが福井県出身とか、福井のお酒や食材を使っているとか。

 
僕が故郷で当たり前のように食べてきたものが、東京で料理として提供したときに、お客さんが「美味しい」とか「こんな料理、初めて知った」とか言ってくれる。

美味しいにプラスして驚きや感動みたいなものを、お客さんが感じられているのを見ることが多々あったんです。

しかも、「じゃあ福井ってどういうところなの」と、話が広がっていくわけです。
会話も広がり、お客様同士も横に繋がっていく。

そういうのを見ながら、なるほど、飲食店って料理出すだけじゃないんだなっていうのを知って、そこに面白さを感じるようになったんです。

 
そのころから、いつか自分のお店をやりたいなって思うようになっていって。過去に仕事をした店が故郷ゆかりの店だったことは、今の自分にすごく生きていますね。

— 飲食畑でやってこられた稲澤さんに対し、澤田さんと菊池さんは映像畑ですよね。
この3人の繋がりはどう始まったのですか?

稲澤
まず僕の中に、将来は飲食店を立ち上げたい、お店をやりたいっていう個人的な気持ちがあった。

 
で、それとは別で、澤田さんの実家が旅館業をやられていて、幼い頃から、古き良きおもてなしと接客の世界で育ってきた中で、おもてなし業をやりたいという澤田さんの思いがあったんです。

 
飲食店をやりたい僕の思いと、おもてなし業をやりたい澤田さんの思い、それを繋いだのが菊池さんで。
菊池さんは僕が働いていたお店のお客さんで、僕とはもう10年ぐらいの繋がり。

で、澤田さんと菊池さんは映像会社の先輩、後輩の関係で。

 

— 同じ会社の先輩、後輩?

菊池美奈子さん(以下、菊池)
同じ会社にいて、澤田が独立したので私がそれに付いていって。

 

稲澤
なので、澤田さんと菊池さんの繋がりがあり、僕と菊池さんの繋がりがあって、そこから3人の繋がりが生まれ、この新しい九段ヒトシズクというプロジェクトが進んだというのが経緯ですね。

 

— 九段ヒトシズクは、澤田さんの会社(ワンプロッド株式会社)の経営ということになるんですか?

稲澤
経営ということでいえばワンプロッドという澤田さんの会社になるんですけど、実際は何事も3人で決め、共同で運営していく形です。

 
3人それぞれ好きなことをやったら別々になってしまうんですけど、3人でやりたいことを統一して、一つの目的に向かっていきましょう、と。そんな雰囲気の中でお店は進んでいます。

— そうは言っても3人それぞれ個性が違うかと思います。となると、その共通する3人の方向性っていうのは、どういうところになるんですか?

菊池
お店の名前が『九段ヒトシズク』なんですけど、禅の世界に「一滴潤乾坤(一滴、乾坤(けんこん)を潤す)」っていう言葉があって、一滴のしずくによって乾いた大地を潤す、という意味なんですね。

 

ワンプロッドっていう社名もそうなんですけど、一滴になることで、乾いた大地や、いろんな人を潤せるようにしたい。

 

食も同じで、おもてなしを通して我々水滴が集まり一滴となって、お客さんも含めて海になっていくといいなっていうので、ヒトシズクっていう店名にしたんです。そこからデザインもコンセプトも作り上げて行った感じですね。

 

— ヒトシズクというその考え方を、このお店では実際にどういう形で表現していますか?

菊池
この辺りは土地柄、住んでいる方に富裕層の方が多くて、ちょっといい価格帯で気軽には入りづらい、敷居高めのお店が多いとか、そんなイメージがあると思うんです。

 

でも、ヒトシズクというのは雨や水であって、それは誰にでも共通なものとしてあるじゃないですか。

ヒトシズクの水からしたら、男性も女性も関係ないし、年齢も国籍も関係ない。でもみんなにとって大切なもの。

だからそういう敷居の高さやボーダーになるようなものを全部取っ払ったお店にしたいな、っていうのがありまして。
だから、誰でも気軽に入れるように価格設定してますし、若い子でもどこかの社長さんでも、一緒に過ごせる空間作りをしてます。

 

メニューもそうで、若い子もお年寄りも世代に関係なく食べられるメニューにしてます。

— 物件探しはどうでしたか? 大変でしたか?

稲澤
がっつり探していた期間は、どうだろう、10ヶ月間くらい。
実は物件探しを始めて最初に出てきたのがここなんですよ。

靖国神社の前で空気もいいなあと、感じるものはあったんですけど、ちょっと家賃が高いなと…。それで一回スルーしてたんです。

 
そこからいろんな不動産屋さんに行って、内見もいっぱい行ったし、スケルトンも居抜き物件もいろいろ見たんですけど、「そろそろ見つけないとね」と言いながら月日が過ぎて行って…

 

菊池
散々物件を見て、「なかなかいいところないねえ…」ってなって。

結局、「一番良かったのはココだよね。でも家賃が高かったよね」なんて言って、ネットでもう一回この物件を調べたら、前日付で家賃が下がってたんですよ。

「えー!」ってなって。「絶対下げないって言ってたのに、下がってるじゃん!」って。「昨日付けで値下げしているからこれは急いだ方がいい」と。

 
で、早速問い合わせたら「一番乗りですよ」って。それで決まったんです。

 

— なぜ内装を山翠舎でやろうと?

菊池
私が「山翠舎さんでいきたい」って2人に言ってたんです。

 

以前、神保町の「ひな田」さんでお酒を飲んだとき、すごく雰囲気がいいなあと思って。

調べたら内装が山翠舎さんで。私、もともと伝統工芸の世界が好きなので、木を使った職人技にも惹かれて。

 
でも、その時は自分で飲食店をやるなんて思ってなかったので、映像制作の何かの機会でと思ってストックしていたぐらいだったんです。

そしたらいざ飲食店やるってことになって、2人には「ちょっと話を聞いてみたい内装会社さんがある」って言って。

 

— 内装でこだわったポイントは?

稲澤
三本柱ですね。長野の大町まで3人、雪の中足を運んであの広い倉庫を見させていただいて。

 
もともと3人でお店をやる、その象徴となるものを内装に入れたいとはデザイナーさんに伝えていたので、「じゃあ自分たちの好きな木を選ぼうよ」ってなって、

「僕はこれで」「私はこれで」と3本選ばせてもらったんです。
3本とも形も違えば、種類も違う。それを入口のいちばん目立つところに立ててもらいました。

— オープンが2023年の3月21日。1ヶ月近くが経ち、どんな具合でしょうか?

稲澤
3月21日というのは靖国は桜の満開時期で、“桜ブースト”という言葉があるらしいんですけど、「靖国通りの人通りは普段の倍以上に増えるよ」と。

だからオープンは、お客様の入りも含めてすごく華やかにやらせていただいて、今、ようやく落ち着いたところですね。

 
いったん通常運転に戻り、ここから残るお客さんの姿も見え始めてきているので、新しいスタートを迎えたなと思ってます。

— 3人でこれから、どんなお店にしていきたいですか?

稲澤
みんなそれぞれの思いがあると思いますけど、共通しているのはやっぱり求められるお店づくり。

 
自分の家においでよ的な感覚ではなくて、飲食店としてちゃんと求められるお店を作る。いろんなシチュエーションで人が利用したくなるお店を作る。趣味みたいなお店にはしない。

 
お客様の声をちゃんと聞いて、それを一人の考えだけじゃなく、3人で打ち合わせすることでまた新しいものが生まれる。そういうお店づくりをずっと大事にしていきたいなと思ってます。

— 今日はありがとうございました。